5月14日のモーニングセミナーは、アール・グラージュ作家・(株)未来工藝舎 代表取締役 梅澤千栄子雅子様「感動・感謝が運命を変えた」。
平成19年に大阪の倫理法人会で「万人幸福の栞」に出会うが、内容を見て、皆私が経験したことだと思った。平成2年に、前日まで元気であったが、朝に激痛が走り起こられなかった。原因不明のリュウマチで、医者にいわせれば、終身刑をうかたようなものだということに、ショックを受けた。平成元年に長女、平成5年には次女を出産した後に再発。完璧主義で、何でも自分でやらなければ気がすまなかった私が、自分のことは何も出来なってしまった。母に、面倒を見てもらうことになったが、その母に対しても、感謝の気持ちを持つことがなかったし、罵声を浴びせるほどの私でした。医師からは一級の身体障害者と認定されるが、何でという気持ちで、愚痴ばかりの人生になり引きこもりになり、心が荒んで行った。自殺未遂してしまい、第一発見者の母が、何もできない私に「生きているだけでいい」の言葉に、人の気持ちがわかるようになり、他のために生きようという気持ちに切り替わって行った、瞬間でした。
日本画の藤原祐寛師に出会い、絵を描きたい気持ちが湧いて来た。手足が自由に動かない私は、線を書くこと丸を書くこと昼夜を徹して必死に練習した。やっと絵が描けるようになると、諦めないことで、自らを励ましながら絵の制作取り組んだ。おかげ様で、賞を頂けるにまでなった。すると、有頂天になる私に、神は試練を与えてくれりようになっている。転倒によって複雑骨折をしてしまい、二度と絵筆を持つことが出来なくなってしまいました。しかし、アール・グラージュとの出会いにより作家として再起することができた。
体の状態は、以前となんらかわりがなく、一級の障害者でもあります。しかし、心もちを変えることは、出来る。生きていることで、できることがいっぱいある。自分の心を、バリアフリーにすることで、可能性を無限に出来る。どんな時でも、前に、一歩踏み出すことがことです。
《お知らせ》ブログの記事内に、広告が入るようになりましたが、倫理法人会には一切関係がありませんので、ご承知おき下さい。クリックしないでください。
平成19年に大阪の倫理法人会で「万人幸福の栞」に出会うが、内容を見て、皆私が経験したことだと思った。平成2年に、前日まで元気であったが、朝に激痛が走り起こられなかった。原因不明のリュウマチで、医者にいわせれば、終身刑をうかたようなものだということに、ショックを受けた。平成元年に長女、平成5年には次女を出産した後に再発。完璧主義で、何でも自分でやらなければ気がすまなかった私が、自分のことは何も出来なってしまった。母に、面倒を見てもらうことになったが、その母に対しても、感謝の気持ちを持つことがなかったし、罵声を浴びせるほどの私でした。医師からは一級の身体障害者と認定されるが、何でという気持ちで、愚痴ばかりの人生になり引きこもりになり、心が荒んで行った。自殺未遂してしまい、第一発見者の母が、何もできない私に「生きているだけでいい」の言葉に、人の気持ちがわかるようになり、他のために生きようという気持ちに切り替わって行った、瞬間でした。
体の状態は、以前となんらかわりがなく、一級の障害者でもあります。しかし、心もちを変えることは、出来る。生きていることで、できることがいっぱいある。自分の心を、バリアフリーにすることで、可能性を無限に出来る。どんな時でも、前に、一歩踏み出すことがことです。
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当初は、自分自身が指導者として、形づくられていないことにも気が付かずに、俺がオレがの世界であった。
人間は失敗して気づきを得る。それを知恵とし行動する。自分自身の理念・哲学を持つ、それを倫理法人会で得られた。それでも、外れることがあるから、倫理を学び続けるのである。
87歳まで名古屋に生まれ名古屋に育つ。私達は、9.11と3.11を経験して今、大変な時代を生きているといえるでしょう。安全・安心を疑うようになった。正岡子規は29歳の時“五月雨は人の涙と思うべし”と詠んで、35歳で亡くなる人生は、涙を超えて咲く花であり、私の、好きな歌である。私の店が伊勢湾台風に遭遇し、店は流され、家族はバラバラになってしまったが、翌日、家族は無事であることが判明し安心した。水に浸かった商品は、使い物ならないし、商売ができないので、従業員も生活できない。そんな時、使い物にならなくなった商品を、洗って使うから分けて欲しい言われ、タダ同然で、おわけしたら、涙を流して喜んでいただいた。私はその時、ここに商売の原点を見た思いがした。

◆倫理法人会に入会して、朝が苦手になっている自分に気がつきました。もっと、楽しい人生にしたいから、起きる時「今日は楽しい一日になるぞ」と思って起きる。倫理の入会してから、主人に挨拶するするようになり、主人と会話するようになりました。健康を害していた私が元気になった。先日のセミナーでは、「我」だらけな私に気づく。これからは「我」を小さくするようにしたい。【岡田】
◆今朝のモーニングセミナーで20回目の参加。その都度、チャレンジし復帰するのだというおもいで参加しています。会社のトイレ掃除をするようになり、二カ所のトイレの一カ所を手伝ってくれる人が現れるので、余った時間を階段掃除するようにした。綺麗になって行くのが嬉しくなってきた。掃除は当番制にするのではなく、自主的にするものであることに気づく。【森】
◆モーニンイグセミナーに皆勤し、他の会場のセミナーにも皆勤し倫理を学べど、なかなか身のついていないのが現実です。批判されながらでも、成長しているのだと思っています。いろいろあったが、現在の会社には重宝されていてるのが、有り難いことです。【西川】
◆親会社から独立し、お祝いに蘭の花を頂き、毎日こまめに世話をしていたら、一年後にも立派な花が咲き皆に喜んでもらえた。今までは、立派な蘭の花をいただいても頂いても枯らしてしまっていたのが通例である。いきの長い会社にして行きたい。【竹尾】
l>◆実際に自分が骨折を体験し、当初は、とても不安な状態で心のケアをどうするかが大切であることが、実感してわかりました。だいぶ治って来た感じですぐに無理をしがちですが、経過の途中でも絶対に無理をしてはいけないことを経験。今回ケガをした自分の体験を、他に活かして行きたい。他人の痛みが分かる人間になりたい。【渡辺】
実践すれば直ちに正しさがわかるが、結果が出ていないのは実践していないからである。倫理実践すれば必ず、夫婦仲が良くなり、子供も良くなり、業績も上がるはずです。自己革新するための実践ですが、自分が変わったことを教えてくれているのは、相手が判断していてくれることである。倫理は、日常生活の中で実践し自分自身の「我」を小さくすることです。それには普及すること。そうすることで、他人が自分をどう見ている判断していてくれるかがわかる。自分の我を小さくすることで、入会して頂けるのである。
100回モーニングセミナーは、(社)倫理研究所 法人スーパーバイザー、豊田市中央倫理法人会相談役、(株)山信商店 専務取締役 山中敦子様を講師に迎え、テーマ「道は一つ」。平成元年に、職場の教養に出会い入会しましたが、今ほど活発な活動をしていなかった。平成18年に豊田市に倫理法人会を立ち上げることになり、なりふりかまわず普及をしてきました。平成21年には倫理法人会の役職を他の方に譲り、豊田市に二つの倫理法人会を立ち上げました。





私の両親が倫理を学びの、すべてを受け入れそのまま実践して、今までと180度変わった両親を見て、倫理を学び始めたのが、私と倫理との出会い。それ以前は、両親の不仲が原因で、イライラした毎日。自分の感情をうまく表現できずに、グレた時がありました。しかし、その時代が有ったからこそ倫理に出会えて、今の自分が有る、と思えるのです。
◆「天から見れば」の映画を見て、“禍福一如”の言葉に出会いました。これは少年時代に事故で両腕をなくした画家南正文氏のドキュメンタリー映画で、南正文氏の師匠である大石順教尼の言葉。“禍福一如”~幸せも不幸せも表裏一体、ものごとをどのようにとらえるかで、幸せにも不幸にもなるということだそうだ。とても感銘を受けた。【柴田】
◆家族全員で、浜松に遊びに行くことができた。過去には、いろいろあったが、やはり家族が一番である。【西川】
◆「万人幸福の栞」12条が好きで、“得るは捨つるにあり”とあり。古いモノにこだわらずに捨てないと、新しいものが入ってくれることができなくなる。新しいものを開発するにも執着心を捨てることが大切。頭の中の古い考えも捨てないと、新しい情報が入ってこない。【古野】
◆気づいたらすぐする事は素晴らしいことを、山中敦子svのお話しで再確認し、倫理は知っているだけでなく倫理経営を実践してこ儲かる会社になる。活力朝礼もそのひとつである。憂いることなく実践を続けること。【鈴木】
◆ゴルフ選手が失敗しても笑顔を絶やさなかったことが印象に残った。この人が優勝すると思った。犬がご主人様に対してしたたかであることを見て、仕事にもそうありたいと思った。【林】
◆今までの勤めでは人に会って話すことも少なかったが、独立して事務所を開設して、人と会うことが多くなり話すことも必要になり、倫理法人会に入会し、返事をハイと元気にすることを、今回学んだので、そのようにします。【佐藤】
◆テレビで、名古屋シティーマラソンを見て、また3.11の追悼式を見て、命の大切さ、尊さを再認識し、来年のシティーマラソンに挑戦してみたくなった。来年は距離は短くてもいいので、とにかくシティーマラソンに参加します。【山本】
◆倫理法人会に入会し、会員企業の朝礼を見せてもらう機会があり、その朝礼を見て度肝を抜かれた。会社に取り入れようとする社内に反発されたが、やり続けたお陰で、社内が変わり、お客様から社員を褒めてもらえるようになりました。【今井】
2月で65歳になり、会社は現役から去り顧問をさせていただいております。各組織の顧問も受け、世の中に役立つ働きができるようにしている。
私にとって大切な出会いは、苦難が師でもある。運送会社に入社して業績を上げて行った高慢さが出てきて不足感が出てきた。社長の息子んと対立し会社退社し、現在の飲料会社に入社し給与も半分になり、子供への反映から家族との対話も少なくなり孤立して行ってしまい、そこには素直な気持ちがなかった。しかし、倫理法人会との出会いで、あの辛い時代があって良かったと思えるようになった。挨拶をする事など、基本的なこと実践して行く大切さ再認識しました。求める心は、キリシタンも倫理も同じであり、それが「万人幸福の栞」にはわかりやすく記されている。素晴らしい倫理に出会えて今の私があり、家族に“ありがとう”が言える。
◆体重を減らす実践をするために、朝散歩をすることを百日間続けることをしています。今まで何をやっても80キロを割ることがなかった体重が、79キロをになりました。ほんのわずかなことですが、とても嬉しくなりました。実践を続けて行きます。【今井】
◆私、西川と柴田が二人で、ちた岬倫理法人会のモーニングセミナーで二人でスピーチをすることになりました。初めての二人でするのでどんなことになるかわかりませんが、喜んで挑戦してみます。【西川】
◆富士高原研修所(富士研)でのセミナー受講を体験してきました。今回で五回目ですが、受講しているだけの感覚から少しずつ内容が肚に落ちてくるようになった。恩意識を高めることの大切さを改めて認識できた。富士研のセミナーは倫理法人会の会員であるならば、受講する価値あります。是非行って下さい。【鈴木】
◆自給自足農業を目指し、中津川で栽培した野菜を朝市で販売する活動をしています。無農薬での栽培は難しく、赤字の活動ですが、何事も楽しく取り組むようにしている。心も体も自然に触れてのびのびと伸ばすことが時には必要です。【山本】
◆本気ですれば 大抵の事が出来る
◆百日実践の一貫として、子供たちのの本音に耳を傾ける実践と、家の何処かに花を飾る実践をしています。花を飾ることで、子どもたちが後片付けしてくれたり挨拶が自らできるようになって来ました。決めたことを実践すると、何かが変わってきます。【増井】
◆実現するかどうかわからないが、工場を増設すると口癖のように言っていたら、厳しい情勢ですが増設することが出来た。その事で社員も協力してくれるようになり、長男が五年間の修行を終えて帰ってくることになり、我が社に入ってくれることが嬉しい。長男と一緒に倫理を学びたいと思っています。【向井】
◆地区長を拝命し、各単会のモーニングセミナーに参加することし、回ることで単会の活性化の状況を把握し、8月30周年の普及目標を達成しきて行きたい。私は、暗いことは嫌いで、なんでも明るく取り組みたい。明るく取り組むところに倫理がある。【土屋】
◆声が小さいコンプレックスがありましたが、倫理法人会のモーニングセミナーに参加することによって克服できた来た。声が小さいのは、自信のなさの現われですから、モーニングセミナーに参加することで、朝を活かすことができる体験は、今までになかったこと。有坂方面長から、一日一回の実践を教えて頂き。一日一回同じ時間に同じことを一貫してやり続けることで、自分に自信がついてくるような気がしてきす。【星野】
港区の禅寺の三男坊として生まれた。宗派を問わずキリスト教の学校へも行った。仏門に入るための、総持寺の修行はとても辛かった。お金を積まれても二度と行きたくない気持ちです。稲沢市のお寺に在住した事があるが、縁があって無住職の北名古屋市の平田寺の住職をすることになった。父が亡くなる時から、小僧に出され、家族の温かさの大切にすることを感じたことの今の活動につながっている。
恩田とは、すべての恵みをもたらす源・父母師長をあらわす仏教用語です。恵みは感謝することであり、恵みの源となる自分になることです。平田寺では、伝えるをテーマに「学ぶ・遊ぶ・集う」場所として、子供たちを集めて『恩田の集い』を開催しています。本物の太極拳の体験、狂言、日舞、礼儀作法など、夏休みはお泊まりの会もあります。今月からは、農家の方の協力で“朝市”も開催し、子供たちが手伝ってくれた。座禅と太極拳の体験は、脳にセロトニンが出るようになり、効うつ効果もあります。




私は、鹿児島県生まれであります。鹿児島のシンボルは桜島です。私は、桜島の様に肚に熱い思い(マグマ)をもっておる、61歳であります。









